4/18 ドゥリットル爆撃は 運命の岐路
昭和17年4月18日 開戦からわずか 4カ月後
米空母からドゥリットル中尉率いる B25爆撃機八機が東京他を襲った。
初の本土空襲で 87名が亡くなった。一機が日本防衛軍に爆撃され 墜落
地面に頭から突き刺さった米兵を磯部さんは見物に 行ったという。
残りは中国浙江省に 不時着 三名が日本軍によって処刑された。
ドゥリットル中尉の一見無謀な行動がその後の戦局を大きく変える
ことになる。この攻撃のとき 偶然 40キロ近く 東条英機の乗る機が
飛行中で 東条英機はB25 一機を目撃したという。
天皇陛下が追わす帝都東京が爆撃された。この事実は東条の心胆を寒から
しめ 空襲を防ぐため 海軍の防衛線は伸びきり 6月のミッドウェイ
開戦の惨敗につながるのだ。
一方 陸軍は 中国への報復のために 浙江省などに 細菌兵器を
ばら撒いた。実際のところ 中国人より 日本兵への被害のほうが多かった
という。
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