遠い森 遠い聲

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異能  ニジンスキーと白眼子

rosetea401

 

森川久美の「上海ロードに花吹雪」 をさがしていて 山岸涼子の 牧神の午後と白眼子を読んでしまった。二作ともひとりの男の一生のものがたりである。

時代 設定を別にして二作とも ふつうの人間とはことなる ある異能をもった男の人生が描かれている。

白眼子とは北海道に実在した霊能力者であったらしい。盲目で.....おそらく 意識を次元を超えて飛ばせることで 他者を観る巫顕だった。(巫女の場合は憑依させることが多い)

試練は人を強くさせる。
わたしのところへいろんな人々が
災難をさけてくれとやってきた。

だけど本当は
災難をさけようとしてはいけないんだ。

災難は来るときは来るんだよ。
その災難をどう受け止めるかが大事なんだ。

必要以上に幸運を望めば
すみに追いやられた小さな災難は
大きな形で戻ってくる。

幸と不幸の量は
みな等しく同じなのだから。

と 山岸涼子は白眼子に言わせているが このものがたりに真実を感じるくだりは実はそこだけではない。

たとえば 大東亜戦争で戦死した息子に会いたいという父親を息子のもとにつれていったときの 白眼子のひどい疲労 身体とひきかえに占っているという台詞 ひとをうらなったのだからガンになって当然という考え方 という白眼子のことばに真実があるのだ。

不世出の踊り手 ニジンスキーの場合も同様のことが語られる。白眼子は 光子という戦災孤児の少女の目線で語られ ニジンスキーの場合は脚本家の目線で語られるのだが 「翼あるものは腕をもてない」そのひとことに尽きる。すなわち 異能の持ち主 神と通じるものはその代償として 贄を捧げなければならない ということなのだ。すなわち ふつうの視力 日常的な生活をする能力......ゆえに天才の能力を開花させるためには彼のために日常をこなし 自由にはばたくことに専念させられる誰かが必要なのである。

ニジンスキーは当たり前の幸福を求め結婚をしたことで 翼を失いのちの人生を狂気のなかですごした。白眼子は生涯結婚することもなく ひとりの少女に慰めを見出し 病院の大部屋で死んでゆく。彼らの天才 輝きはいったいなんのためにあったのだろう。択ばれたものたちの役目はいったいなにだというのだろう。

山岸涼子は あの日出処の天子をはじめ 異能 を持つ人間をテーマに描くことがままある。山岸涼子にとって 天才とか神の恩寵を受けし者だったのだろうか。