遠い森 遠い聲

国とは 国民と国土のことです 国を愛します

学徒出陣  日本刀  マーサはわるくない

rosetea401

 

先日 仕事先で 正良さんの息子さんから 聴いた おはなしです。正義の戦争なんて ない。 としみじみ思います。

学徒出陣     ○○正良

わたしは大正9年1月5日埼玉県で生まれました。医者を志し 慶応で学んでいましたが 戦況が著しくわるくなった 昭和18年 学徒出陣で 動員されました。10月21日明治神宮で開かれた学徒七万人の行進のあと 衛生兵としてビルマにわたりました。

戦地にはすでに 医薬品も食糧もありませんでした。暑いので 怪我をすると すぐ腐ってしまいます。麻酔もないので 頭をぶん殴って 気絶させ 日本刀で切断 肉が縮んで骨が出るので もう一度骨を切り 皮で包み 鉄板を焼いて 傷口に押し付け消毒しました。現地の村には 医者がいなかったので お灸やハリ 薬草の知恵が役立ち 村人に喜ばれました。

 

それで 命が助かったようなものです。昭和20年8月 戦争に負け 武装解除され 米軍の捕虜となったとき 村の酋長が 「マーサはわるくない」と 弁護してくれたのです。

米軍も何千人もの捕虜を食べさせるのはたいへんです。日本兵の捕虜は飛行場に一列に並ばされました。向こうの端までたどり着いたやつは助けてやる といって逃げる日本兵の後ろからいっせいに機関銃で銃撃するんです。みんな生きて日本に帰りたい 死にモノ狂いで走る ひとを押しのけて走る その背中をダダダダダ ゲームのように打ちまくる….. 地獄でした。滑走路に日本兵をならべて戦車でひき殺す そういうことをアメリカは平気でやった。でも 戦後 責任は問われなかった。

学徒出陣で お国のためにと戦地へわたり やっと終戦まで生きぬいた仲間たちが無残に殺されるのを わたしはこの目で見ていました。あとで知ったのですが アメリカは学校を出ている兵隊はヨーロッパ戦線に送り 程度のわるいのをアジアに送ったそうです。ソ連もそうだった…. アジア蔑視です。

 

わたしは最後の船でやっと帰ってこられました。